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ジョルジュ・ムージャン

フランスのサン・マロで生まれたジョルジュ・ムージャンは、ニューファンドランドで捕れる鱈を中心とした漁業の町で育ちました。父親は地元で漁船のメンテナンス工場を営んでいました。フランス国立工芸院を卒業した数年後の1947年、ムージャンはあるデンマーク人の造船技師の協力を得て、米軍から払い下げられた船を極地調査船「シャルコー指揮官号」に造りかえる プロジェクトの調整役を務めました。これをきっかけにポール=エミール・ビクトールと知り合い、その後2人は50年間にわたって友情を深めることとなります。ムージャンが南極に魅了されるようになったことが、このプロジェクトの始まりです。

その後、サウジアラビアのモハメド・アル・ファイサル王子とともにITI(国際氷河輸送会社)を設立し、1975年から1981年にわたって南極の卓上型氷山の輸送と利用の実現のための理論を打ち立てましたが、数々の障害に直面し、プロジェクトを断念せざるを得ませんでした。

しかし、海上予報サービスが開始されたこと、海底石油掘削のために開発された海上施設が利用できるようなったことから、ジョルジュ・ムージャンは2003年以降、氷山利用のプロジェクトの復活に取り組んでいます。

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関連情報

ムージャンの右腕、フランソワ・モービル

フランソワ・モービルは、フランスのマンシュ県にあるグランビルという町で青年まで過ごし、航海や海に高い関心を持っていました。